ろまんてぃっくが止まらねェ
2019年12月15日午後九時頃
大学生になって初めて迎える冬
クリスマスが徐々に近づいている頃
僕はただぼうっと眺めていた
僕の視線の先にあるものは何だと思う?
一年前の僕にそう尋ねると
「イルミネーションを背にした彼女の可愛らしい横顔」
などと答えるだろうか。
違うのだ。
君は大きな間違いを犯している。
2019年12月15日午後九時大学一年の僕が見つめているものは女の子の横顔でもイルミネーションでもクリスマスが近づき急に増えたカップル達でもなく
「三時間前に床にまき散らしたパスタの麺」
なのである。
僕はじいっと見つめる
視線の先にはパスタの麺
ああ、パスタが急に自我を持って自分についたゴミを落とした後元通り束に戻ってくれないだろうか
もしくは急に横の扉からピエロが現れて僕のためにパスタを作った後にまた扉から出て行ってはくれないだろうか
パスタを落としてから、そんなことを考えたり目の前の惨劇から目を背けスマホの世界に没入したりしていたけれど何度見返しても目の前に広がっているのはそこにあってはいけないはずの散らばったパスタ達
三時間前、六度寝した後夕方六時に動き出した僕はパスタを作ろうとやっとの思いでキッチンに立ったのであった
そして起こった大惨事
その時の僕の思いはパスタを落としてしまったことへの悲しみでもぼうっとした頭でキッチンに立ってしまったことへの後悔でもなく
「あ、七度寝しよう。」
であった
冬の寒さにすっかり疲弊してしまった僕のメンタルでは落としたパスタを片付けることは愚かパスタを落としたことを受け入れることすらできなかった
僕は、パスタから逃げることしかできなかったのだった
パスタに背を向けコタツに潜り込む
ベッドに飛び込む元気すらなかった
七度寝から目覚め、パスタ達と目が合う
パスタ「なんでお前寝たん、、、、???普通すぐに拾うくね、、、、???」
パスタ達は僕に落胆しただろうか
しかし僕にとってそんなことはどうでもよかった
僕「もう、うんざりなんだよ。どうせパスタを拾い上げて茹でても、どうしたものか毎回不味い不可思議な料理ができあがるのは分かっているんだ。もう顔も見たくない。二度と話しかけないでくれ。」
パスタ「...........。」
ワンルームの部屋が静寂に包まれる。
僕は思い立ったようにパソコンを立ち上げ、はてなブログのトップページを開く
そこに表示されていた言葉は
「思いは言葉に。」
なんとも馬鹿らしい
思いはひけらかさず内に秘めておく方が奥ゆかしく感じられるだろう
「鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」
という言葉を知らないのだろうか
もっとも、そんな考えをネットにアップロードする自分もまた浅ましい人間なんだろう
ああ、自分がオーストラリア人だったらブーメラン発言をしても「これがオーストラリアの文化だぜ!」なんて言って自分の発言を文化のせいにして逃げられるのだけれど、日本に生まれてしまった僕は自分の発言の責任は自分で持たなければいけないのが心苦しい
タンタンタンと、淡々と、今日の出来事をパソコンに打ち込む
ここ最近ブログのネタを探していたとはいえ、こんな日記のような記事を書くつもりはなかったんだけれどなあ
新しいブログのネタを考えられるような精神力は僕にはもう無かった
11月の初め辺りからずっと憂鬱が止まらない
ロマンティックは止まるどころかピクリともしない
むしろ見当たらない
今の僕に見えるのは散らばったパスタだけ
ああ、このパスタ達どうしようか
今更これを調理する気にはなれない
いっそのことこのままインテリアにしてやろうか
食べられるつもりでうちにやってきたパスタをインテリアにする
パスタの意表を突いた斬新なアイデアに胸が高鳴る
嗚呼、ロマンティックが止まらねぇ。